罪とは何なのだろうか。

ここで考えたいのは、倫理的・道徳的な罪ではなく、犯罪や法に関わる罪である。

法は必要だから生まれた。社会を維持し、秩序を保つためのルールである。私有財産を守り、暴力から人を守るために、安心して暮らすために、法が必要であることに議論の余地はない。

罪と法は、ホモ・サピエンスだけのものだろう。他の生物にも、明文化されていないルールや掟のようなものはあるかもしれないが。

法が必要不可欠である一方、罪はどこまで罪なのだろうか。

圧倒的多数の人は、重大な犯罪を犯さずに暮らしている。

犯罪を犯すという行為そのものが、すでに精神的に正常な状態から逸脱しているのではないか、と私は思う。

ここでいう精神的な異常とは、医学的な精神障害を意味するものではない。
そうではなく、精神的に正常な状態にある人は犯罪を犯さないのではないか、という文脈においてである。犯罪を犯す背景には、広い意味での、何らかの精神的な異常があるのではないか、と私は考えている。

犯罪に至るまでには、その人の生まれ持った性質、生い立ち、環境、経験など、さまざまな要因があり、それらが積み重なり、影響しあっていることがある。

その結果として犯罪が起きるのなら、その責任をどこまで本人に負わせることができるのだろうか。

その罪の重さやそれに対する刑は、ひとまず傍(わき)に置く。

法治国家である以上、法で裁かざるをえない。それは仕方のないことだと思う。

判決に、情状酌量の余地が残されている。中坊公平氏は「罪を憎んで、人を憎まず」といった。それでも、罪を憎んで、人を憎まないことは両立するのだろうか。

法のない社会も、犯罪のない社会も、おそらくありえない。

解決できる問題だとは思わない。それでも、罪とは何なのか、問い直してみたい。

私は、あえて「人も憎まず、罪も憎まず」と。