成功とは、そもそも何だろう。

成功の形は、人によって異なる。何を大切にするかによっても違う。そして、その価値観さえ、人生の途中で変わることがある。

はじめは良いと思って選んだものが、後になって望ましくないものに変わることもある。反対に、気が進まないまま選んだものが、思いがけず良い結果につながることもある。

理想を持つのはいい。完璧を目指すことも悪くない。

では、妥協はどうだろう。

妥協には、あまり良い印象がない。理想から一段、あるいは二段下げた選択のように感じられるからだ。しかし、妥協は本当に悪いことなのだろうか。

選んだ直後は、「本当は別の道を選びたかった」という思いが残るかもしれない。だが、時間がたつにつれて、当初は妥協だと思っていた選択が、そうではなかったと感じられることもある。自分が思い描いていた理想そのものが、変わることもあるだろう。

例えば、就職について考えてみる。

A社は、世間から優良企業と認められている有名な大企業で、給与も高い。

B社は、有名でも大企業でもないが、確かな技術力を持つ堅実な会社で、給与は平均的だ。

入社した時点では、多くの人がA社を理想的な就職先と考えるだろう。B社を選んだ人は、自分の選択を妥協だと感じるかもしれない。

ところが、A社は給与が高い一方で、労働時間が長く、厳しい成果を求められた。社内競争も激しく、仕事によるストレスは大きかった。入社から二十年ほどたったころ、会社で不祥事が起き、業績が低迷する。本人はリストラの対象となり、その後、健康も損なって、人生設計は大きく狂ってしまった。

一方、B社では、落ち着いた環境で誠実に仕事へ取り組むことができた。会社は急成長こそしなかったものの、堅実な経営を続け、本人も七十歳の定年まで勤めることができた。

もちろん、これは仮の話である。

A社に入った人が出世街道を走り切り、仕事にも人生にも満足することは十分にあり得る。B社が将来も安定しているとは限らず、そこでリストラに遭うかもしれない。

大切なのは、どちらを選ぶのが正解かということではない。

選んだ時点で理想に見えた道が、その後も理想であり続けるとは限らない。妥協に思えた道が、いつまでも妥協であり続けるとも限らない。

高い収入を得て、厳しい競争のなかで脚光を浴びる人生を理想としていた人が、やがて仕事と生活の調和を大切にするようになるかもしれない。もちろん、はじめから穏やかな働き方を望む人もいるだろう。

人生では、良かれと思って始めたことが行き詰まり、気が進まないまま始めたことが、いつの間にか自分になじんでいることがある。未来に何が起こるかも、自分の価値観がどう変わるかも、あらかじめ知ることはできない。

それならば、最初から絶対に正しい選択をしようとするよりも、その後に起こる出来事に向き合い、必要ならば価値観や生き方も変えながら、そのつど対処していくことのほうが大切なのではないだろうか。

成功とは、最初に描いた理想をそのまま実現することだけではない。

変化する現実と、変化する自分を受け入れながら、そのときどきで自分の人生を選び直していくこと。それもまた、一つの成功なのだと思う。